AIの世界では、「クラウド前提」が当たり前になって久しい。
だが、リコーはそこにあえて逆行するような動きを見せている。
自社サーバで動くAI、つまりクラウドの外で完結する生成AIだ。
彼らが目指すのは、派手さよりも「信頼できるAI」──私は、これが日本の企業文化に一番合っていると感じている。
目次
■ クラウドの外で動くAI、その意味
リコーが開発した日本語LLM(大規模言語モデル)は、Googleの「Gemma 3 27B」を基にしたものだ。
270億パラメータという中型サイズながら、OpenAIの20Bモデル並みの性能を持ち、しかも省電力。
クラウドを使わず、自社のサーバで動かせる“オンプレミスAI”として設計されている。
これは単なる技術選択ではない。
「データを外に出さない」という文化的選択だ。
日本の企業では、情報漏えいへの不安や取引先との契約上の制約から、クラウドAIを使いづらい場面が多い。
その点、リコーのようなオンプレ型AIは、「安心して使えるAI」というニーズにぴたりと合う。
私はここに、リコーらしさを感じる。
彼らは昔から「目立つことより、現場で信頼されること」を大切にしてきた会社だ。
AIでも同じ哲学が息づいているように思う。
■ 「秘伝のタレPlatform」──知恵を継ぐAI
今回特に面白いのは、彼らが開発中の「秘伝のタレPlatform(H.D.E.E.N)」だ。
名前はユニークだが、その発想は極めて実用的だ。
どの企業にも、“マニュアルに書けないノウハウ”がある。
ベテラン社員の経験、日報のメモ、商談の空気感……それらが企業の味を作る。
しかし、その知識は往々にして「人の頭の中」に留まり、共有されないまま消えていく。
リコーは、この“秘伝のタレ”をAIで再現しようとしている。
企業ごとに特化したLLMと、専門分野のAIエージェント、司令塔AIが連携し、
その会社ならではの言葉や判断基準を理解して答えを導く仕組みだ。
私はこの考え方が非常に日本的だと思う。
「AIで置き換える」ではなく、「AIで継ぐ」。
技術ではなく、文化を残すためのAIという視点だ。
■ 暗黙知をデータ化する難しさ
私はこれまで多くの現場で、「データ化できない知識」に悩む企業を見てきた。
たとえばベテラン整備士の「音を聞いただけで不調がわかる感覚」。
営業マンの「この言葉を出すとお客が笑うタイミング」。
そういう“現場の知恵”は、数字にも文章にもなりにくい。
リコーの「秘伝のタレPlatform」は、そうした知恵をAIが吸収できるようにする試みだ。
ナイーブRAGやマルチモーダルRAGといった仕組みを使い、
文章だけでなく、図表や画像、音なども含めて知識化する。
これは、単にAIを使うというより、“AIに現場を教え込む”という作業だ。
私はこの方向性をとても支持している。
AIに「正解を出させる」のではなく、AIに自分たちの世界を理解させる。
その姿勢がなければ、どんなに高性能なモデルを使っても、結局は他人のAIを借りているに過ぎない。
■ 「AIに任せる」ではなく「AIと組む」
リコーの梅津本部長は説明会でこう語った。
「“つまらない仕事”はAIにやってもらい、人間は創造的な仕事に従事する」
この言葉には共感しかない。
私は、AIが人間の仕事を奪うという言い方が昔から好きではない。
AIは“奪う”のではなく、“肩代わりする”だけだ。
むしろAIが雑務を引き受けてくれることで、人は思考や創造に時間を使えるようになる。
リコーのアプローチは、まさに「AIと人間の分業」を現実的にデザインしている。
AIは処理を、 人は判断を。
このバランス感覚を持った企業が、これからのAI時代で強くなると私は思う。
■ 日本企業にとっての“ちょうどいいAI”
世界のAI競争が「性能至上主義」に走る中で、
リコーの方向性は「ちょうどいいAI」を模索しているように見える。
大規模すぎず、電力を食いすぎず、企業の中で確実に動くAI。
それは、派手さはないが、現場に根づく“道具としてのAI”だ。
私は、AIが日本で本当に根づくのは、こうした“地味な進化”の積み重ねだと思う。
世界最速や最高性能を目指すよりも、
「現場の人が安心して使えるAI」を届けること。
そこに日本のメーカーが果たすべき役割がある。
■ 結びに
リコーの挑戦は、AI技術そのものよりも、「どう使うか」に重きを置いている。
彼らが作ろうとしているのは、AIではなく“共に働く仕組み”だ。
AIが企業文化を理解し、社員の知恵を学び、次の世代に伝える。
それは単なる業務効率化ではなく、知の継承のデジタル化だ。
私はこう考える。
AIの未来は、人を超えることではなく、人を支えることにある。
そして、リコーのような企業が、その未来を静かに形にしていくのだろう。


