【特別コラム】会議を変えるAI──沈黙する日本企業に“発言する機械”は何をもたらすか

日本の会議には、独特の静けさがある。
発言するよりも、空気を読むことに神経を使う。
議論の流れを乱さず、波風を立てないことが、ある種の「美徳」とされてきた。

だが、そんな静かな会議室に、AIが入り込もうとしている。
「ChatGPTで議事録を取る」から始まり、
「AIに議題の提案をさせる」「AIが意見を出す」という試みもすでに始まっている。
発言しない文化に、“発言する機械”が混ざったとき、何が起こるのか。
私はここに、AI時代の日本企業の分かれ道があると感じている。


■ AIは“空気を読まない”

AIの強みは、論理と事実に忠実であることだ。
忖度もしなければ、上司の機嫌もうかがわない。
質問されれば答えるし、求められれば提案もする。
人間が口にしにくいことを、淡々と指摘するのも得意だ。

これは一見、無神経に見えるかもしれない。
しかし私は思う。空気を読まない存在こそ、組織を正気に戻すことがある。

人は立場や関係性の中で、言いたいことを飲み込む。
AIはその制約から自由だ。
だからこそ、「AIがそう言っているなら」と議論を促す“触媒”になれる。
沈黙を破るのは、人ではなく、機械かもしれない。


■ 「発言するAI」がもたらす変化

すでに一部の企業では、AIを会議の“第三の参加者”として試す動きがある。
議論の要点をまとめるだけでなく、過去の会議データや市場情報をもとに、
「その仮説はリスクが高い」「過去に同様の失敗例があります」など、
リアルタイムで意見を返すAIが登場している。

私が興味深いと思うのは、AIが感情を持たない発言者として機能している点だ。
会議では、誰が発言するかによって内容の受け取られ方が変わる。
同じ意見でも、部長が言えば重く、若手が言えば軽く聞こえる。
AIはそこに上下関係を持たない。
つまり、“純粋な内容の評価”を可能にする。

もし企業がそれをうまく使えれば、
日本の「声の大きい人が決める文化」は、少しずつ変わっていくだろう。


■ 思考の“透明化”という革命

AIが会議に入ることで、もう一つ起こるのが「思考の可視化」だ。
発言の内容、根拠、過去の議論の流れ──
すべてがAIの記録に残る。
それは、言い換えれば「逃げ場がなくなる」ということでもある。

私はこれを、悪いことだとは思わない。
むしろ、責任と理由が見える組織に変わるチャンスだと思う。
「誰が言ったか」ではなく、「なぜそう言ったか」で判断する。
AIは、その透明性を組織に突きつける存在になり得る。

ただし、その透明さは“痛み”を伴う。
曖昧な決定や、根拠の薄い習慣は、AIの前ではごまかせない。
これを“息苦しい”と感じるか、“健全”と感じるか。
それで企業の成熟度が測れる時代が来るのかもしれない。


■ 「AIがいる会議」は、怖いが正しい

AIが議論に参加するようになると、
人間は自分の意見を、より慎重に、論理的に話すようになる。
感情や主観で流れを作れなくなるからだ。

正直、怖いと思う。
だが、私はこの「怖さ」は健全だと思う。
AIが入ることで、会議が“話し合い”ではなく“考え合い”になる。
それが本来の姿ではないだろうか。

AIは決して人を超えない。
だが、人がサボる部分を照らす。
その存在があるだけで、議論の質が変わる。
私は、それを企業の知性が進化するための試練だと考えている。


■ 結びに──“黙る文化”を越えて

日本企業の課題は、技術でも資金でもなく、**「意見が出ないこと」**だと思う。
その沈黙を破るのが、もし機械の声だったとしても構わない。
大事なのは、そこから人間がどう考え、どう語り合うかだ。

AIは「会話の相手」ではなく、「議論の鏡」になり得る。
私たちはその鏡に、組織の本音や、個人の臆病さを映し出すことになる。

私はこう考える。
AIが会議に入ることで、人はようやく“自分の言葉”を取り戻すのではないかと。
空気に支配された沈黙の時代から、
“発言する機械”が、次の時代の議論を始めている。